groovin moment.3

午後およそ七時、吉兆にて。

キンキンに冷えたビール三杯。と、お冷が一杯か。

 

「いやー、今日のセッションは、ちょっとなぁ」

「ディスコみたいになっちゃったな」

「それか、ニューミュージックあたりか」

「言えてる」

AORとか、山下達郎とかその辺?」

オリジナルラブもだろ」

「だよな、今日のギター、まんまパクってた」

「笑かすなよな」

「マジで?......気付かんかった」

「おいおい」

「無自覚でパクるの一番ダメだろ」

「それは困るわ」

「ごめんごめん、次気付いたら教えて」

「おう」

「はいはい」

 

......飯が運ばれるまでこうやって話してると、今日のゲストをつい忘れそうになってしまう。

 

「ヨーコさん、音楽って難しいのよ」

「......あ、はい」

ヨーコは、もう水を飲み干していた。それが若干気の毒にも思えて。

......めんどくさいけど、俺が呼んだんだしなぁ。

「ヨーコさんは、やっぱり演劇部に入るの?」

「あ~、いや」

思い出すように、

「あの人たち、ノリがすごい内輪じゃなかったですか」

「だったねぇ」

「なんか、高校もあんな感じで」

「あ、高校も演劇なんだ?」とDs。

「はい、でも、大学だしな~とか」

「うん」

「なんか、ああいう子供っぽいノリ、苦手かもしれない......」

です、と小さく。

「そっか」

「でもさ」とBa。

「別に俺たちだって大人じゃないよ、な?」

「まぁな」

「あ」

「わりとどこのサークルでも一緒な気がするよ?」

「あ~......そうかもですね......」

居場所が悪いのか、おしぼりで何か折ろうとしている。

......Baが愚痴っぽくなっていると

「どこも、自制心のない酔っぱらいの集まりだよ」とDs。

「だな」

「お、カツ来たか」

「お~」

「うまそ~」

「わっ大盛りですね」

「食べれる?」

「あ、はい、大丈夫です」

 

 

俺たち貧乏学生諸君は、ビールととんかつでできているのだ。

金なし暇なし居場所なしの俺らは、この「吉兆」こそが......

そして、この子も、そうなるといいんだがなぁ。

 

 

「では乾杯」

 

 

『あの人たち、ノリがすごい内輪じゃなかったですか』

 

カツにかぶりついていると、なんとなく思い出して、

「まぁ、たしかに俺らだって内輪のバンドだけどさ」と、言い返してみる。

「あ......」

「おい困らすなよ」とBa。お前が言うのか。

「んでも、真面目にやってるつもりだよ」とDs。

「それはそうだよ」

「三人ともそのはず」

「他にすることねぇもんな」

Baの言い方がいちいち引っかかるのは、こいつが他所の音楽サークルと掛け持ちしているからだ。そんなに居場所がないんだろうか?

「大学生になってまで、時間や場所に縛られたくないよなぁ」

「その通り」とBa。

 

「かっこよかったです、今日」

「お」

ヨーコが話す。

「なんか、セッションっていうんですか?本当に何も決めずやるんですね」

うぐぅ

「グサッと来たな」

「え?あれ?」

「たしかに、最初は何かしら決めるべきなんだけどね......」

「やっぱテンポとか調ぐらい決めてよ」

「いや、うん、でもさ、めんどくさいんだよな......」

あ、そんなかんじなんだという顔を見せている。

「ま、うちのバンドはこんな感じで最初は10分くらい適当に音出すのよ」

「いや、でもほんと、すごくないですか?」

「いやいや」

「他のサークルでは、こんなことやってませんでしたよ」

「お、他所も行ったんだ」

「はい、一応......」

「ボーカル志望?」

「一応......」

 

彼女のおしぼりがどんどんアヒルをかたどっていく。

 

「あそことあそこかー」

Ds曰く、「最近はめっきりらしいね、昔は上手い人居たらしいけど」

「上手い人はさ」Ba曰く

「もう全員卒業したな」と。

「他所のネガキャンはやめようぜ」

“他所の”という言葉に反応してか、Baが「そうだな」とニヤニヤする。

「でも、他のサークルよりもレベル高いかもです」

「おーほんと?」

「あ、いや、音楽は分からないんですけどね」

「光栄だ」

「やったな」

「褒められたぞ」

「えっと」

えへへと卑屈っぽく笑う顔の奥に、俺はたしかに女優を見たんだがなぁ。

 

「ボーカルを探してるんですよ」と思い切ってつぶやくと、以外にその子は驚く素振りを見せない。

「私でいいんですか?」

「うん」

続けて、

「あの日のカラオケで、ほんと、心底惚れ込んだんだよ」

「君しかありえない」

「ぜひ俺らの前に立って歌ってほしい」

スラスラと、用意してもない口説き文句が出てきた。

全部俺が言った台詞だったけど、何故だか現実感がないような......まるで言わされてるかのような......妙な感じだった。耳が真っ赤になっていたことは、全部言ってしまってから気づいた。

 

「ちょっとだけ、考えさせてもらっても、いいですか?」

ヨーコの返答は意外だった。今たしかにつかんだと思ったんだが、逃してしまったようだった。

「ほかにも、見てみたいサークルがあって......」

 

 

アパート近くの飲み屋、ルーリードにて。反省会。

 

「完全にフラれてたな」

「ウケたわ」

「バカにすんなよぉ」

たしかに手ごたえを感じたんだがな......

「しかし、あの断り方ウケたよな」

「他所にもサークルはあるので......ってな」

「うんうん」

「彼氏いるので、みたいなこと断り方されたな~」

「ほんと、『私で、いいんですか......?』なんて言いかたしたくせに」

「いや~ほんと、ウケたウケた」

ナッツを齧る。

本気になって赤っ恥かいたな。

「でも予想外に剛の者かもしれんねあの子」

「んーでも、声がいいかは別の話だぞ」

Ba曰く「あの子の地声はあんまり好かない」そうだ。

たしかに、初めて話した時は、別の部屋から喋ってるのか疑ったような、歌とは別物の気の小さい声だったが。

 

「でも意外に肝は据わってたな」

「ん」

「あの子が上手かったら大歓迎だよ」

「なんで録音してこないの」

「いや、だからさ、聴き惚れて」

「あ~わかったわかった」

「カラオケだからいいけど、スタジオ入るときは頼むぞ」

「ネットが俺らの生命線だから」

「うん、ネットの切れ目が縁の切れ目」

「わかった、わかったよ」

「じゃあそろそろ出る」

「うん」

「俺も、明日一限からだった」

「だったな」

「報告楽しみにしてるわ」

「うす」

「楽しみだな」

「ハズレじゃなきゃいいけどな~」

「あ、今日は俺出すよ」

「ん、頼むな」

「あ、それから」と、思い出したように

「キーボーディストの捜索もよろしく」と伝えておいた。

「オッケー」「ゲットだぜ!」

二千円ほどの出費。そのあとは、マスターの吉識さんと軽くしゃべって、帰った。

 

角部屋まで一直線。暗い玄関から居間まで無機質に冷たい。

エアコンをつけて部屋中溶かしてやらなきゃいけないな。

ふとスマホを見る。

 

......勝った、と思った。

LINEであの子が、歌い手としてのYoutubeアカウントを教えてくれたのだ。

これはもう、脈ありとしか......!

 

身体の芯から熱くなって、その夜は明けるまで眠れなかった。

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